忍三十四観音霊場  第二十八番~第三十四番
 
第二十八番 第二十九番 第三十番
狗門寺 少間山 龍泉寺 吉祥山 応正寺
廃寺
聖観世音菩薩 千手観世音菩薩 千手観世音菩薩
かつては、龍原駅東踏切を北に200mほど行ったところにあったという。

行ってみましたが今は大きな家が建っていました。

ご朱印は二十七番の大正寺さんで頂けます。
「新編武蔵風土記稿」によると、榛沢郡針ヶ谷村・弘光寺の末寺で、開山は心海、開基は小此木紀伊守と伝えられている。

立派な観音堂です。

こちらは関東八十八ヵ所霊場の第八十三番札所、ここで忍三十四観音霊場のご朱印を見つけたのがこの札所巡礼を始めたきっかけとなりました。
「新編武蔵風土記稿」によると、榛沢郡針ヶ谷村・弘光寺の末寺で、元亀年間(1570~72年)に隆幢法印によって開山されたという。

写真の観音堂は少し離れた場所にあります。

後で資料を見たら札所の観音堂は本堂の左手に有ったらしい、間違って写真の観音堂にお参りしてしまいました。
平成24年10月06日 平成24年10月06日
 第三十一番 第三十二番 第三十三番
大慈山 十輪寺 河原山 明導寺 天神山 吉祥寺
如意輪観世音菩薩 如意輪観世音菩薩 十一面観世音菩薩
「新編武蔵風土記稿」によると、榛沢郡針ヶ谷村・弘光寺の末寺。

今は川の側の墓地にお堂が一つ建っているだけで廃寺となっています。

お堂の中も荷物置き場みたいになってます。
応永年間(1394~1428年)、行満上人が開山し、開基は上田和泉守と伝えられている。

総本山は京都東山の知恩院で江戸時代は鴻巣市の壇林・勝願寺の末寺であった。

現在、無住で管理は寄居の善導寺さんがやっていますが伺った所、明導寺のご朱印はやっていないそうです。
「新編武蔵風土記稿」によると、上ノ村・一乗院の末寺。

善導寺さんに寄ってから伺ったのでこの札所では珍しく結構長く走りました。

ニ十四番・妙音寺さんのご朱印もこちらで頂けます。
平成24年10月06日 平成24年10月07日 平成24年10月07日
第三十四番
瑠璃光山 福生寺
馬頭観世音菩薩
「新編武蔵風土記稿」によると、上野国邑楽郡赤岩村・光恩寺の末寺で、寛永七年(1052年)に亡くなった第一世・専祐が開山とあるが、寺伝によると、永録七年(1052年)に開闢され、元和六年(1620年)、専祐和尚の再開山となっている。

ご住職はご不在、ご朱印は後で郵便で送って下さるとのことでしたので、用紙を預けて来ました。
平成24年10月07日
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