その他神社
埼玉県
 
 
仙波東照宮 主祭神 徳川家康
令和3年10月14日
川越市小仙波町1丁目21番地1
久能山から日光山に改葬される際の元和3年(1617年)に、江戸幕府の「黒衣の宰相」と称された天台宗の僧侶・天海によって喜多院で行われ、後水尾天皇から東照大権現の勅額が下賜され、同年にその地に天海によって創建された。
 
川越八幡宮 主祭神 誉田別命(ほんだわけのみこと)・・・ 応神天皇
令和3年10月14日
川越市南通町19番地1
049-222-1396
後一条天皇の時代の長元3年(1030)に甲斐守源頼信によって創祀されたと伝えられています。
 
川越氷川神社 主祭神 素戔嗚尊(スサノオノミコト)
奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)
大己貴命(オオナムチ)
脚摩乳命(アシナヅチ)
手摩乳命(テナヅチ)
令和3年10月14日
川越市宮下町2丁目11番地5
049-224-0551
創建から1500年以上を数える川越の総鎮守としても信仰を集めている神社。
541年(欽明天皇2年) 入間川で夜な夜な光るものがあり、これを氷川神の霊光だと捉え、当地に氷川神社を勧請したと伝えられる。
 
三芳野神社 主祭神 素盞男尊(すさのおのみこと)
奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
令和3年10月14日
埼玉県川越市郭町2-25-11
童歌「通りゃんせ」はこの神社の参道が舞台といわれる。
さいたま市の氷川神社を勧請したとも、京都市の北野神社を勧請したともいわれているが定かではない。
 
大野神社 主祭神
令和3年10月11日
埼玉県鴻巣市大間2-11-26
048-596-5145
当社は元来氷川神社で祭神は須左之男命、大國主命(大巳貴命)の二神でありましたが、明治40年5月8日大間地内の”天満社、淺間社、八幡社、稲荷社、諏訪社”を合祀。
 
前玉神社 主祭神 前玉彦命(サキタマヒメノミコト)
前玉姫命(サキタマヒコノミコト)
令和3年10月11日
埼玉県行田市埼玉5450
048-559-0464
さきたま古墳群に隣接する神社。
本殿も古墳群の方向に建てられている。これら古墳群の首長層が前玉神社における古代祭祀集団と推定され、古墳時代に古墳群を守護する形で祀られたのが創祀になると推測する説がある。
 
三ツ木神社 主祭神 大山咋命(おおやまくいのみこと)
令和3年10月11日
埼玉県鴻巣市愛の町169
048-596-0619
元は「山王権現」と号し、山王塚と称する小高い塚の大欅の元に祀られていた。
社伝によれば、元亀二年(1571年)織田信長による比叡山延暦寺の焼き討ちを逃れた僧の雲海上人が山王権現(日吉大社)の神霊を捧持して諸国をめぐり、天正12年(1584年)にこの地に至り、塚の上に瑞光を見い出し小祠を建てその神霊を祀ったのが当社の創建と言われる。
 
三峯神社 主祭神 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉册尊(いざなみのみこと)
令和2年11月10日
埼玉県秩父市三峰298-1
0494-55-0241
標高1100m、埼玉県奥秩父の山の中にあります。
拝殿前にある2本のご神木は樹齢が推定800年と言われているとか。
2012年(辰年)に突如現れた「龍神様」は有名らしい。
「遥拝殿(ようはいでん)」からは妙法ヶ岳山頂(らくだの背のような形をしている)にある奥宮が望まれます。
また、こちらは狛犬像ではなく、オオカミのご神犬像が鎮座しています。
 
宝登山神社 御祭神 神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)
大山祇神(おおやまづみのかみ)
火産霊神(ほむすびのかみ)
令和2年11月10日
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828番地
0494-66-0084
今からおよそ1900年前、第12代景行天皇の御代、皇子日本武尊が東征の帰途ミソギの後に山頂を目指します。途中山火事に遭遇しますが神犬の神助を得て、無事に宝登山山頂に於いて神霊を祀られた事が当社創建の始めとつたえられています。
 
前弓稲荷神社
平成25年6月9日
埼玉県東松山市箭弓町2-5-14
0493-22-2104
創建は、和銅5年(712年)と伝えられる。
 
川越八幡宮
平成25年5月5日
埼玉県川越市南通町19-1
049-222-1396
後一条天皇の時代の長元3年(1030)に甲斐守源頼信によって創祀されたと伝えられています。
 
仙波東照宮
平成25年5月5日
埼玉県川越市小仙波町1-20-1
049-222-0859
日光・久能山と並ぶ日本三大東照宮の1つ。
 
川越氷川神社
平成25年5月5日
埼玉県川越市宮下町2-11-3
049-224-0589
約千五百年前、古墳時代の欽明天皇二年に創建されたと伝えれらています。
 
鷲宮神社
(わしのみやじんじゃ)
平成24年11月11日
埼玉県久喜市鷲宮一丁目6番1号
0480-58-0434
天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり。
天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿。
 
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