穂の国観音霊場   第一番~第九番
 
第一番 第二番 第三番
大円山 林広寺 大慈山 歓喜寺 大同山 報恩寺
聖観世音菩薩 聖観世音菩薩 千手観世音菩薩
豊川稲荷で有名な豊川の妙厳寺末。

ご住職に「穂の国観音霊場の納経帳はありますか?」とお聞きすると「あったかな~、ちょと待ってて」と。。。

先に連絡して置けば良かったかな・・・と後悔しつつ待つこと5分、「これだね」っと。。。
良かったです。
曹洞宗のお寺さんなんですが、境内には弘法大師霊場の幟が立っています。

ご住職に伺ったところによると昔は真言宗のお寺さんだったそうです。
この辺りのお寺さんでは珍しくないそうです。

今でも豊鳳二十一弘法大師霊場の一つで3年に一度皆さんで巡礼されるそうです。
大同二年(807年)の創建と伝えられる。

当時は現在地より150m南の志香須賀の渡し場にあったとされるが詳細は不詳。
現在は無住のお寺さんです。

千手観世音菩薩像は約60cmの木彫、鎌倉末期の作と推測されるが作者は不明。
秘仏で12年に一度開帳される。
平成26年01月11日 平成26年01月11日 平成26年01月11日
 第四番 第五番 第六番
万年山 東漸寺 海潮山 蛤珠寺 高松山 観音寺
御油観世音菩薩 凖提観世音菩薩 聖観世音菩薩
明応元年(1492年)の開創、開山は亨隠慶泉禅師。

往古、前芝村に東漸寺と言うお寺があったが廃寺となった。

伊奈城主・本田正時が祀られていた延命地蔵尊を本尊として堂宇を建設、尾張から東遊してきた亨隠慶泉禅師を開山とした。

結構大きなお寺さんです。
享享禄元年(1528年)の創建、大中一介大和尚の開山、開基は明らかではない。

寺周りの道は結構狭いので普通車だと苦労します、少し離れた川側に停めて歩いた方が良いかと思います。

宝飯西国観音霊場の第二十七番札所となっていました、後で調べてみようと思います。
元和九年(1623年)大津波が来襲、上屋敷の了源寺西隣の梅の木に観音像が掛かっているのを信者が発見、時の住職・狐山永宿和尚が了源寺を現在地に移転した。

寺宗も天台宗から曹洞宗に改宗、寺号も観音寺と改めた。

こちらはお寺さんへの入り方が分かりずらいです。
平成26年01月11日 平成26年01月11日 平成26年01月11日
第七番 第八番 第九番
神応山 長松寺 弘誓山 浄願寺 御津山 大恩寺
如意輪観世音菩薩 阿弥陀如来 葵観世音菩薩
入口に如意輪観世音菩薩の石碑が建つ、この霊場では唯一の臨済宗のお寺さんです。

山門を入ると良く整備された境内が迎えてくれます。
維持するのは大変だろうと思いますが、とても気持ち良い気分になります。
一見の価値ありかと。
境内に保育園があるのか、保育園に本堂があるのか一瞬何処がお寺さんなのか分からないところです。

山門を入って御津南部幼稚園の校庭(境内?)を通って本堂に行くようになっています。

当日は不在、もしかして無住?、保育園にも何方もおられないので良く分かりませんでした。
もと三論宗淨光院といい、高麗の(一説に百済)の僧・恵灌が新宮山に開基。

後に下総国(千葉県)飯沼の弘経寺第二世・了暁上人が大運寺として再興したとされます。

後を継いだ肇誉上人が現在地に移転、徳川松平家四代・親忠が中興に尽くしました。

また松平宏忠(家康の父)が大恩寺に改めた。
平成26年01月11日 平成26年01月11日 平成26年01月11日
観音霊場の旅トップに戻る 第十番~第十八番へ