伊豆横道三十三観音霊場   第十九番~第二十七番
 
第十九番 第二十番 第二十一番
湯谷山 広台寺 不二山 福泉寺 西向山 観音寺
十一面観世音菩薩 千手観世音菩薩 十一面観世音菩薩
蓮台寺温泉街を抜けたところに有ります。

お寺さんへの道はかなり狭いので通りかかったおばさんに、『車、行けます?』と聞いたら『行けますよ』とのことでした。

古くは那岐里山上にあり、「桂昌庵」と称していたが、慶長十七年(1612年)僧・格雄が現在地に移転し、温泉にちなんで湯谷山の山号をつけ、広台寺に改めている。

ちなみみ蓮台寺は今は無いそうです。
古くは下加茂村にあって真言宗に属していたが、明応年間(1492~1501年)僧・鳳山が再興して曹洞宗に改めた。

天正年間(1573~92年)には僧・為長が中興開山し、延亭四年(1747年)災火にあい、僧・霊通が現在地へ移転した。

伊豆急下田駅の直ぐ裏当りにあります。

車は境内に停められますが、門が狭いので注意です。(大型車は停めるところがありません)
元和(1615~24年)のころ僧・宗樹によって開創、真言宗に属して晹谷院と称していたが、寛永年間(1624~44年)に僧・大室が現在地に移建し曹洞宗に改めている。

地元では「東の寺」と呼ばれている。

車は停めるスペースが無いので坂の下の漁協のところに停めます。

ご住職は不在でしたがとても元気なお婆さんからご朱印を頂きました。

90歳でいまでもピアノを弾くそうです。
平成24年02月04日 平成24年02月04日 平成24年02月04日
 第二十二番 第二十三番 第二十四番
補陀庵 大浦山 長楽寺 宝光堂 長松山 泰平寺
聖観世音菩薩 聖観世音菩薩 聖観世音菩薩
縁記等は不明、明治の廃仏稀釈により観音寺に吸収された。

それまでは近くの観音山にあった。

観音寺に同居していますのでごご朱印も一緒に頂きます。

「本当はお堂を別に建てたいのだけどね」とおっしゃていました。

海がとても綺麗です。
ご本尊は聖徳太子作と伝わる聖観世音、和銅七年(714年)海中で漁民の網にかかって出現し小堂に奉安されたのが始まり。

大同四年(809年)、京都・仁和寺光明院の僧・聞語が開山。

明治の廃仏稀釈までは現在の裁判所の地にあった。

一方、長楽寺は僧・尊宥を開山とする。
宝光院が廃寺となりご本尊は長楽寺に移された。
古くは本郷村にあり、建長寺七十三世・佛印の開山。

その後、僧・雪叟が現在地へ移建し下田城主・戸田忠次の菩提寺となった。

塀でがっしりと囲まれていて、一般の人は境内に入れません。

観音像は庫裡(上写真の左手)の窓みたいな所に飾られて?います。
平成24年02月04日 平成24年02月04日 平成24年02月04日
第二十五番 第二十六番 第二十七番 
少林山 曹洞院 飯盛山 修福寺 金獄山 慈雲寺
十一面観世音菩薩 十一面観世音菩薩 聖観世音菩薩
弘法大師がこの地を巡錫し、小堂を建立、永禅庵と号したのが始まり。

真言宗に属し隆盛を極めたこともあったが、やがて衰退し、天文元年(1532年)中村宗慶が開基となり能庵宗為を迎えて曹洞宗に改めた。

接待に甘酒を頂きました。
(アルコールは入っていません。。。)

屋根の色が鮮やかです。
古くは青石に創建され、三論宗であったが後に手石村に移り石門寺と称し真言宗に属した。

天文三年(1534年)僧・寂用が現在地に再興、その師・宗梅を開山にして曹洞宗となり、寺名を修福寺に改めた。

明治に廃仏稀釈により末寺の泉源寺を吸収し、慈覚大師作と伝わる十一面観世音を移遷し札所本尊としている。

今夜の宿はこの近くにとりました。
創建のころは慈雲院と称し真言宗であった。

やがて衰退し、永録年間に僧・為長が再興し曹洞宗に改めた。

札所本尊の聖観世音は裏山の岩谷堂から移遷されたもの。

青野川の畔にあり、この辺りは温泉街になっています。
平成24年02月04日 平成24年02月04日 平成24年02月04日
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