葛飾坂東観音霊場   第一番~第九番
 
第一番 第二番 番外
宝篋山 実相院 (山王)大士山 観音寺 蓮華庵
千手観世音菩薩 聖観世音菩薩 十一面観世音菩薩
奈良・長谷寺の直末。

神亀三年(727年)、僧・行基がこの地に等身大の千手観音像を造り、小庵を結んだのが始まり。

奈良・長谷寺の直末。

着いたのは9時を少し回った所、8時からなので一山越えたのでしょうか、静かにお参り出来ました。
一番さんから5分程車を走らせると着きます。

札所近くになると幟が案内をしてくれるのでこの後もほとんど迷うことなく巡ることが出来ました。

かつて対岸の境町との間に「山王の渡し」があり、明治二年に関所が廃止されるまでは、検問を待つ多数の船が滞留したと言います。
庵の敷地後は集会所になっており、その集会所の中に「十一面観音」が祀られています。

敷地内には石造の地蔵菩薩や如意輪観音が残されており、通称「お寺」とも呼ばれれているそうです。
平成26年03月21日 平成26年03月21日 平成26年03月21日
第三番 番外  第四番
天福寺 地蔵堂 正徳寺
十一面観世音菩薩 千手観世音菩薩 聖観世音菩薩
下総国葛飾郡関宿町台町・昌福寺の末寺。

明治維新の廃物稀釈により廃寺となった。

現在は第四番・正徳寺の末寺、境内には天神社が祀られており、その左手に観音堂があります。
御開帳に合わせて準備されたのでしょうか、境内は綺麗に舗装されています。

ガイドブックによると移転があり、本堂と付帯設備全体が新築され、二月二日に落成法要が執り行なわれたそうです。

どうりで綺麗な訳ですね、出費も大変だったでしょうね。
地元の方の熱意を感じます。
延元元年(1336年)、新田義貞の開基。

開山は鎌倉・光明寺二代、白旗寂勲上人といわれています。

昭和40年の利根川改修工事に伴い現在地に移転とあります。

変な言い方ですが久しぶりのお寺さんって感じです、一番さん以外はここまでお堂だけでしたので。。。
平成26年03月21日 平成26年03月21日 平成26年03月21日
第五番 第六番 第七番
鳳凰山 勝光院 岩屋  浄雲寺 中田山 萬福寺
十一面観世音菩薩 如意輪観世音菩薩 十一面観世音菩薩
小手指農村公園に隣接する香取神社の境内、左手に集会所があり、その中に観音像が安置されています。

今は寺院の形態は見られません、こちらも廃物稀釈の影響でしょうか。
こちらには阿弥陀如来、薬師如来、観世音菩薩の三尊が祀られています。

「岩屋観音」「穴薬師」「淨雲坊薬師観音」ともいわれています。

近くには古墳時代最後の「穴薬師古墳」があるそうです。
山門を入って左側が観音堂です。

かつては日光街道の宿場町として栄えていたそうです。

明治維新の廃物稀釈を免れたとあります。
平成26年03月21日 平成26年03月21日 平成26年03月21日
番外 第八番 第九番
明観山 長谷寺 前林山 東光寺 泉見山 金蔵院
十一面観世音菩薩 千手観世音菩薩 如意輪観世音菩薩
明王二年(1493年)、初代古河公方・足利成氏が古河城の鬼門除けとして建立したそうです。

日本三大長谷観音の一つとだそうです。

ご朱印を頂く場合は本堂に上がって観音様を見ることができます。
承平元年(931年)、第六十一代・朱雀天皇の蓮枝、伝真院二品親王により、鎮護国家の霊場として開かれたと伝えれらています。

観音堂は平成二年の建立。

祀られている千手観世音菩薩像は春日作とされています。
天文十二年(1543年)、法印・行音により開山。

享保三年(1718年)、宥玄を中興の祖としています。

参道は提灯と幟が一杯でした。
平成26年03月21日 平成26年03月21日 平成26年03月21日
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