開山は大同ニ年(807年)、一時は廃絶したが、京都智積院七世・運敞和尚により再興。
現在のご住職は仙台別院に住まわれていて、要事がある時しかこないそうです。
当日も不在でした、5月2日〜4日までは居るとのことでしたので結願後の5月3日に再度お伺いしご朱印を頂きました。
ガイドブックにはここも奥州七観音の一つと書いてありましたがこれだと数が合わない?。 |
開創当時は白龍山・岡寺と称する天台宗の寺であったが廃寺となり、天平九年(1354年)に月泉良印が再興開山となって寺号を改め、曹洞宗に属した。
月泉良印は曹洞宗奥州大本山・正法寺ニ世。
観音堂は本堂左手の丘の上にあり「西の峰の観音堂」と言われるそうです。
こちらは北国八十八ヵ所霊場の結願寺でもあるそうです。 |
天平年間(729〜749年)に茂呂志賀なる人が建立し、如意輪観音を安置したと伝えられる。
当初は東へ1qほどの観音森にあり、後に東へ200mの豊降神社境内に移転した。
さらに安永年間、皆川家の先祖により現在地に移された。
六角堂と言いますが実際は四角です。
このお堂は皆川氏が管理されており、建っている敷地も皆川氏の所のようです。 |