尾張三十三観音霊場 
 第十九番〜第二十七番
 
第十九番 第二十番 第二十一番
大香山 桂林寺 継鹿尾山 寂光院 愛藤山 小松寺
聖観世音菩薩 千手観世音菩薩 千手観世音菩薩
寺伝によると文明十六年(1484年)桂林祖香が開山、ご本尊に聖観世音菩薩を奉安して長楽寺とした。

後、正保年間(1624〜1642年)に僧龍獄が現在地に再建して大香山桂林寺と改称したとあります。
寺伝によると白雉五年(654年)孝徳天皇の勅願で奈良元興寺の道昭によって創建され、継鹿尾山八葉大寺寂光院と称した。

織田信長が鬼門除けの寺として帰依し、保護したとあります。

東海自然歩道のルート上にあり二度目の参拝となりました。

納経所から本堂へは320段の石段を登ります。
「本堂に行かずして寂光院をかたるなかれ」
と書いてありました。

写真をクリックすると観音様がみれます。
天平(729〜749年)行基菩薩が一宇を創建して山の名を愛藤山としたとあります。

その後、承安三年(1173年)小松内大臣平重盛が改築し、寺領を寄進して小松寺と名付けたとあります。
平成22年2月22日 平成22年2月22日 平成22年2月22日
 第二十二番 第二十三番 第二十四番
久保山 陶昌院 大寿山 玉林寺 飛車山 龍音寺
(間々観音)
聖観世音菩薩 如意輪観世音菩薩 千手観世音菩薩
寺伝によれば、森下城(上末城)を築城した落合勝正の子、落合将監藤原安親が永禄七年(1564年)に創建し、雲岫和尚の開山とのことです。

現在の本堂は昭和八年の再建。
寺伝によれば、天正二年(1574年)岩倉龍澤寺の天州和尚の子・明賢が開山。

当初は小牧山の近くにあったが、元和九年(1623年)に現在地に移建したとのことです。

本堂は改築工事中でした。
永正五年(1508年)林心斎上人が堂宇を建立して尊像を奉安、天正年間(1573〜1592年)に祖玄和尚が山麓に寺容を整え、山の中腹にあった千手観世音を移遷して飛車山龍音寺としたとあります。

写真は観音堂です。
平成22年2月22日 平成22年2月22日 平成22年2月22日
第二十五番 第二十六番 第二十七番 
松洞山 龍泉寺 大昌山 宝泉寺 医王山 慶昌院
馬頭観世音菩薩 千手観世音菩薩 十一面観世音菩薩
延歴十四年(795年)伝教大師最澄は熱田神宮に参蘢し、童女の夢告で東北に当たる地の、多田羅池から馬頭観世音の示現を仰ぎ、堂宇を建立して、その尊像を奉安したのがははじまりとされているそうです。

境内は一万六千坪と広く、尾張四観音の一つです。

立派な山門(仁王門)があります。
寺伝によると建長四年(1252年)の創建で行基菩薩作と伝える千手観世音と薬師如来が安置されています。

正保四年(1647年)に雲興寺の僧・興南が堂宇を改築して延命地蔵を安置し、大昌山宝泉寺に改称したとあります。

本堂は工事中でした。
文明五年(1474年)旧今村城主松原下総守広長公によって創建、医王山八王寺と称した。

寛永八年(1631年)興南義繁が入山し、寺号を慶昌院に改称したとあります。
平成22年3月21日 平成22年3月21日 平成22年3月21日
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