第九番 |
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大法山 文殊院 徳盛寺 |
本尊:地蔵菩薩 文殊菩薩 |
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令和05年03月29日(水) |
真言宗醍醐派 |
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天長元年、当寺に留錫し、人々を教化。その一人河野衛門三郎は八名の愛児を失い遍路に出る。
これが遍路の始まりで四国の霊場を八カ年、二十一回巡拝して遂に大師と再会する。
のちに伊予の国主に生まれ変わりき善政を行う。後年、衛門三郎旧宅へ寺を移し、河野家の菩提所とした。 |
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愛媛県松山市恵原町308 |
089-963-1960 |
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第十番 |
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仏法山 仏眼院 西山興隆寺 |
本尊:千手観音菩薩 |
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令和05年03月29日(水) |
真言宗醍醐派 |
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人皇第三十五代皇極帝の御代(642年)空鉢上人によって開創。
行基菩薩、報恩大師、弘法大師の御入山があり、歴代の皇室、武将、藩主並に地方信仰者の崇敬厚かった。 |
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愛媛県西条市丹原町古田1657 |
0898-68-7275 |
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第十一番 |
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生木地蔵(生木山 正善寺) |
本尊:生木地蔵菩薩 |
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令和05年03月29日(水) |
高野山真言宗 |
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昔より生木のお地蔵さまと呼ばれていた。
お大師様が三拝せられて、楠の大木に一刀三禮しの御霊刀をふるわれ、延命地蔵大菩薩の御尊像をお彫刻なされたもの。 |
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愛媛県西条市丹原町今井 |
0898-68-7371 |
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第十二番 |
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摩尼山 玲光院 延命寺 |
本尊:延命地蔵菩薩 |
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令和05年03月29日(水) |
真言宗御室派 |
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愛媛県四国中央市土居町土居895 |
0896-74-2339 |
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第十三番 |
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金光山 遍照院 仙龍寺 |
本尊:弘法大師 |
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令和05年03月29日(水) |
真言宗大覚寺派 |
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嵯峨天皇の弘仁六年、弘法大師が四十二才の時登山され金剛窟に瀧沢大権現と、開運不動尊を勧請して、
息災の護摩壇を築き、朝夕「きよめの瀧」で心身を浄め「開運厄除」「虫除五穀豊穣」の二つの御請願をおたてになり、二十一日間護摩の修行をなさる。
その護摩修行成満の後、自らの姿を彫刻して、此の山に留め安置し給うた。
その御本尊を「厄除大師」「虫除大師」と申し伝えて諸国より多くの信者が四季を通じ参籠している。 |
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愛媛県四国中央市新宮町馬立1200 |
0896-72-2033 |
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第十四番 |
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椿 堂(邦治山 不動院 常福寺) |
本尊:延命地蔵菩薩 非核不動尊 |
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令和05年03月29日(水) |
高野山真言宗 |
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大同二年(807)邦治居士なる人物この治に庵を結び地蔵尊を祀る。
弘仁六年(815)十月十五日未明一人の旅僧(巡錫中の弘法大師)この庵を訪れ、当時この地方に悪い熱病(オコリ、
現在の流寒)流行し住民の苦しめるを知り、住民をこの庵に集めて手にせる杖を土にさして祈祷し、病を杖とともに土に封じて去る。
後にこの杖より逆さなるも椿が芽を出し成長す。
住民は大師の御霊徳にうたれ、この椿を大師お杖椿として信仰の対象としてこの庵を椿堂と呼びこの地方の地名ともなる。 |
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愛媛県四国中央市川滝町下山1,894 |
0896-56-4523 |
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第十五番 |
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宝珠山 真光院 箸蔵寺 |
本尊:金毘羅大権現 |
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令和05年03月29日(水) |
真言宗御室派 |
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天長五年弘法大師が四国巡錫の砌、この山に金毘羅神の御神託をお受けになり、御本尊を刻まれて奉安し当寺を開創されました。
以来、千有余年の法灯を継ぎ、「金毘羅奥の院」として金毘羅信仰の中心をなしています。 |
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徳島県三好市池田町州津蔵谷1006 |
0883-72-0812 |
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